星野修の想い・志

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100㎞ウォークの巻!!

おはようございます♪

Vol.2836

いつも読んでいただきありがとうございます!!

 

昨日は、七福醸造の犬塚社長からLINEがあり・・・

 

今年の三河湾で行われる

 

「100㎞歩け歩け大会は、10月28日(土)29日(日)になりそうです。」

 

「4月にならないと予約も確定もできません。」

 

と連絡がありました。

 

なので、この日に向けて練習を励みたいと思っています。

 

たくさんの方々を巻き込んで、100㎞に挑みたいと思っています♪

 

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それではメルマガいっちゃいます♪

 

ヤマト運輸 元会長 小倉昌男氏

サービスが先、利益は後

 

 

 

 

今では当たり前のように浸透している。

 

 

家庭向けの宅配サービス。

 

 

「宅急便」という名を付けて民間で初めて事業化したのは、大和運輸の2代目社長小倉昌男である。

 

 

昌男は1948年、父が経営する「大和運輸」に入社した。

 

 

父が戦前に大きくした会社だが、戦後は競合会社に押されていた。

 

 

そこで起死回生の一手として思いついたのが、一般家庭を相手にした宅配サービスだった。

 

 

国鉄と郵便の官が独占し、まだどこの企業も手をだしていない市場を狙ったのだ。

 

 

「家庭からいちいち荷を集めていたらもっと赤字になる」

 

 

と社内で猛反対されたが、昌男はあきらめなかった。

 

 

どうしたら喜んで使ってもらえるサービスになるか、5つの柱を立てて徹底的に考えた。

 

 

「需要者の立場になってものを考える」

 

 

「永続的・発展的システムとしてとらえる」

 

 

「ほかより優れ、かつ均一なサービスを保つ」

 

 

「不特定多数の荷生または貨物を対象とする」

 

 

「徹底した合理化を図る」

 

 

なかでも「需要者の立場に立って物事を考える」

 

 

ということをいちばんの柱とし、とくに主婦の目を念頭に置いた。

 

 

たとえば料金は、距離によって厳密に徴収するのではなく、わかりやすさを優先してブロックごと均一料金とした。

 

 

自社だけでは荷物を集めきれないため、取り次ぎ窓口として各地の酒屋と契約し、荷物を持ち込めば運賃が割引になるようにした。

 

 

また最初は関東限定だったが、荷物の翌日到着を最大の売りにした。

 

 

当時の官製小包は面倒で日数がかかるため、主婦に不評だったのだ。

 

 

簡単に早く届けば、喜んで使ってもらえるはずだ。

 

 

そうして「宅配」「早い」「便利」というサービス内容を具体的に示す言葉として「宅急便」の名前が付けられ、1976年、民間初の個人向け小口貨物配送サービスが開始された。

 

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ヤマト運輸の元会長、小倉氏は、常に「利用者の立場を考える」

 

「サービスが先、利益は後」

 

社員に向かってこの言葉を何回も言い聞かせ、標語として徹底させていきました。

 

小倉氏は、

 

「企業が悪い循環に入っているときは、目先の損得ばかり考えて失敗することが多い」

 

と言ってくれてます。

 

目先の損得よりも、サービスが先、利益は後ですね。